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代表取締役社長 渡辺直樹さんのお話
いい会社とはどんな会社なのでしょうか。会社の規模ではなく内実が大事だと私は思っています。社員一人ひとりが安心して前向きに働けること。頑張って利益を上げて社員に還元し、それぞれの生活が豊かになること。つまり、社員との間に温かくて対等な関係を結べていることが「いい会社」の条件なのです。
滅私奉公の時代はとっくに終わっています。仕事は人生の軸のようなものですが、全てではありません。仕事だけの人生ではつまらないと思います。
私が社長になってからの取り組みの一つは、残業時間の削減です。以前は社員一人当たりが月平均で40時間以上も残業していました。現在は10数時間です。仕事量が減ったわけではありません。「同じ仕事ならば短時間で仕上げられるほうが能力が高い証拠」という方針で処遇を行ってきた結果です。私自身、朝は早めに出社していますが18時の定時退社が基本です。プライベートの時間は家事や趣味で楽しく過ごしています。
過去7年間で会社の利益は大幅に増えました。売上高は若干の増加となっています。日々向上している社員の能力を評価してくれるお客様企業を探し続けることで利益率を上げています。それを福利厚生や賞与などで社員に還元。おかげで採用活動がやりやすくなり、毎年複数名の新卒採用を継続できています。
コンピュータシステム設計とソフトウェア開発のエンジニア集団である弊社の強みは主に3つの分野にあります。1つ目は制御系システム開発です。大手インフラ系企業との直接取引を通じて、特に電力系統運用システムに関して長年の実績があります。2つ目は金融系システムの開発で、特にクレジットシステム開発プロジェクトには30年以上携わってきました。そして3つ目はローコード系ツールを用いた開発です。時代はゼロからシステムを作るやり方から、簡易なやり方で開発を行う方向にシフトしています。この領域に特化した人材をより増やそうとしている最中でもあります。
エンジニアの多くが客先もしくは在宅での勤務です。ただし、基本的にチームを組んでそれぞれの案件に取り組んでいますし、会社とのエンゲージメント(つながり)を高めるために社員旅行やBBQなどのリアルイベントを複数実施しています。社員同士のコミュニケーションやチームワークを重視できる人が多数を占めることもあり、イベント参加率は9割以上です。
弊社は毎年3月に本社のある茨城県水戸市に社員全員で集まります。入社式と期首定例会を行うためです。そこで私が会社の現状を説明しつつ来年度の目標を発表するのですが、すでに充実している福利厚生制度に何か必ず+αをすることを自分自身に課しています。
2024年は入院初日から事由を問わずに日額5千円が支給される保険に会社で加入しました。社員の保険料負担はありません。個人加入の保険では入院後6日目からの補償などが多く、費用対効果の面から医療保険未加入者が多いことに対応しました。なお、弊社が加入している健康保険組合は高額医療への補償も手厚く、2万円/月額を超えた医療費はすべて組合が負担してくれます。
将来への不安を払拭するために社員の資産形成もサポートしています。2020年から税制優遇を受けられるiDeCo+(イデコプラス。中小事業主掛金給付制度)に加入しており、社員が個人で加入しているiDeCoに会社が掛金を上乗せしています。中小企業では加入例が少ない先進的な取り組みです。2023年には会社負担掛金を増額しました。現在、社員の85%がiDeCo+に加入しています。
万が一のときや将来のための福利厚生ばかりではありません。2025年4月から実施するために準備中なのは、社員が誕生日にご家族と一緒に選べるオリジナルのカタログギフトです。社員が仕事を頑張れているのはご家族のおかげなので、会社としても毎年感謝の気持ちを形にして渡すべきだと考えました。一般的なカタログギフトでは味気ないので、ある百貨店に弊社だけの独自カタログを作ってもらっているところです。
こうした福利厚生制度を続けていくためには業績も良くなくてはいけません。そのためには、やる気も能力もある社員をきちんと評価して頑張ってもらう必要があります。私自身、30年間もサラリーマンをやっていたので社員としての気持ちはわかっているつもりです。
夏と冬の賞与に加えて、弊社では期末である3月に決算賞与も毎年出しています。弊社の人事評価制度は社員みんなで決めた100項目弱の評価基準に依っています。自己評価と二階層の上長による評価をまずは実施。そこまでは絶対評価なので、私を含む幹部社員10人程が集まって相対評価による補正を行います。社員みんなが納得する並び順にして、賞与の金額を決めているのです。
その金額は、入社数年目の社員が数十年目のベテランを上回ることなどは普通です。給与ではここまでドラスティックにできませんが、賞与は完全に能力給にしています。それぞれの結果は、強みと弱みを示せるレーダーチャートにして上長による個別面談でフィードバック。今後も頑張るための指針にしてもらっています。
人生の価値はお金では決まりません。でも、お金があると良きモノやサービスが得られることは確かです。資産形成のために私自身がやってみて良かったことは社員にも知る機会を持ってほしいし、そのためには数字を見せてロジカルに説明する必要があると思っています。
2019年から定期的に社内で開催しているのはファイナンシャルプランナーを招いた勉強会です。社員一人ひとりが自分に必要なライフプラン・マネープランを考えてもらうために、初歩的なことから優遇税制や投資・貯蓄の具体的なアドバイスまでを学ぶ機会を作っています。なお、同じく2019年から始めた従業員持株会には現在55%の社員が参加。累計で年平均10%以上の配当を出せているので、社員の資産形成に少しは貢献できているはずです。
こうした制度をすべての社員が活用しているわけではありません。考え方やライフプランは人それぞれなので当然です。でも、いろいろやっていれば、どれか一つぐらいはその人の心に刺さるだろうと思っています。
社員が安心して働ける職場を作って、会社との関係性をより良いものにすること。それが私の役割であり、日々のやりがいです。
―渡辺さんへのインタビューを終えて―
5年ぶりに渡辺さんを撮影したカメラマンの馬場さんの開口一番が「渡辺さんのお顔がすごく優しく柔らかくなった!」。写真を見比べてみると明らかです。渡辺さんの社長就任は2017年10月なので、あの頃はまだ社長になって2年足らずの時期だったのですね。渡辺さんの表情は精悍そのもので、「社員たちを俺が食わせていくんだ」という気迫がみなぎっていたのだと思います。時折、ちょっと近寄りがたい緊張感も漂わせていました。
あれから5年。毎年の新卒採用と自然減によって、社員の過半数は渡辺さんが採用した人になったそうですね。彼らの成長は著しく、さらに3年前には杉坂さんという強力な営業マンが加わりました。渡辺さんもかなり楽になったのではないでしょうか。
ただし、仕事熱心な渡辺さんが怠惰になることはあり得ません。楽になった分だけ、社内の細かなところにも目を向けやすくなり、さらには将来にも種を蒔こうとしています。その余裕と情熱が、社員の誕生日に家族と一緒に選べるオリジナルのカタログギフトを贈るなんていう発想に結実しているのだと思いました。
毎年の新卒採用と福利厚生制度の新設や改善を自分に課している、という話にはなんだか感動しました。誰に命じられたわけでもないのに……。渡辺さんは若い頃からそのようにして自己を律して鼓舞してきたのですね。まさに自分との戦いです。いつか引退する日までその戦いは続くのでしょう。最後まで見届けたいと思います。
(2024年12月取材)
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*ライタープロフィール*
大宮冬洋(おおみや・とうよう)
1976年埼玉県所沢市生まれ、東京都東村山市育ち。一橋大学法学部を卒業後、ファーストリテイリング(ユニクロ)に入社して1年後に退社。
編集プロダクションを経て、2002年よりフリーライターになる。
2012年、再婚を機に愛知県蒲郡市に移住。昭和感が濃厚な黄昏の町に親しみを覚えている。
東京・門前仲町にも月に数日は滞在し、東京原住民カルチャーも満喫中。
2019年、長期連載『晩婚さんいらっしゃい!』により東洋経済オンラインアワード2019「ロングランヒット賞」を受賞。趣味は魚さばき。
<著書>
『30代未婚男』(リクルートワークス研究所との共著/NHK出版 生活人新書)
『ダブルキャリア』(荻野進介氏との共著/NHK出版 生活人新書)
『バブルの遺言』(廣済堂出版)
『あした会社がなくなっても生きていく12の知恵』(ぱる出版)
『私たち「ユニクロ154番店」で働いていました』(ぱる出版)
『人は死ぬまで結婚できる~晩婚時代の幸せのつかみ方~』(講談社+α新書、電子書籍もあり)
*カメラマンプロフィール*
馬場敬子(ばば・けいこ)
1974年生まれ。18歳まで長崎県の平戸島で育ち、20歳で突然写真に目覚める。
短大で写真を学び、親の反対を押し切り上京。集英社スタジオを経て、料理カメラマン今清水隆宏氏に師事。
独立後、雑誌や単行本を中心に料理、人物、お花を撮影。現在は「今の自分にあった生き方」を目指し、多方面で活動中。